LENS 08

眠れない夜、頭の中で何が起きているのか
——シェイクスピアの不眠症たち

マクベス/ヘンリー四世・第二部

疲れているのに眠れない夜が、たまにある。体はくたびれきっているのに、目を閉じたとたんに頭のほうが仕事を始めてしまう。そして厄介なのは、そこで動き出すのが重大な悩みとは限らないことだ。昼間なら三秒で忘れるような、返信の文面とか、数年前の失言とか、そういうものが、暗い部屋の中でだけ妙な大きさに膨らむ。

朝になって同じことを思い出すと、たいてい「そんな話だったか」という感じになる。中身は変わっていないのに、サイズだけが夜のあいだ違っていた。あの現象は何なのだろう、とときどき思う。

意外に思われるかもしれないが、この状態を執拗に書き続けた作家がいる。シェイクスピアだ。彼の劇には眠れない人物が何人も出てくる。しかもその書き方が、経験のある人ほど「うわ、そう」と言いたくなる精度をしている。

断り書き——ここは「王冠の話」ではない

先に言っておくと、シェイクスピアの不眠といえば、ふつうは王の話になる。このサイトでも、THEME 08で「王冠と眠りの交換レート」という角度から一本書いた。王位を手に入れた人間から、決まって眠りが取り立てられる——王権論としてはそちらが本筋だと思う。

ただ、僕を含めて読者のほぼ全員は王ではない。国を簒奪した覚えもない。それでも眠れない夜はある。だからこの記事では、王冠のほうをいったん脇に置いて、眠れない夜そのものの経験だけを取り出してみたい。彼らが玉座に座っているという事実を差し引いても、残るものがかなりある、というのがこの記事の見立てだ。

マクベス——「眠りを殺した」という言い方

作品メモ 『マクベス』——スコットランドの武将マクベスは、魔女から「いずれ王になる」と告げられ、妻に背中を押されて、自分の城に泊まった王ダンカンを寝室で刺し殺す。王位は手に入るが、その日を境に、この夫婦の生活から眠りが消えていく。

殺害の直後、返り血のついた手のまま部屋に戻ってきたマクベスが、妻に妙な報告をする。声が聞こえた、というのだ。

Methought I heard a voice cry 'Sleep no more! / Macbeth does murder sleep', the innocent sleep, / Sleep that knits up the ravell'd sleave of care, / The death of each day's life, sore labour's bath, / Balm of hurt minds, great nature's second course, / Chief nourisher in life's feast.

声が聞こえた気がしたのだ。「もう眠るな! マクベスは眠りを殺した」と。罪のない眠りを。ほつれた心配ごとの糸を編み直してくれる眠りを。一日という命の終わり、つらい労働のあとの湯浴み、傷ついた心の軟膏、大いなる自然が出してくれる主菜、命という宴のいちばんの滋養——その眠りを。(拙訳)

『マクベス』第2幕第2場

手を血まみれにして戻ってきた男が、まず口にするのが眠りの効能書きだというのが、そもそもおかしい。しかも内容が的確だ。ほつれた糸を編み直すというのは、眠りの働きの言い方として四百年経っても更新されていない気がする。昼のあいだにばらばらになった考えが、寝ているうちに勝手に整理されて、朝には形になっている——あの感じのことだ。

そして彼は「ダンカンを殺した」ではなく「眠りを殺した」と言う。自分が奪ったものの目録に、王の命ではなく、自分の眠りのほうを先に書いている。以後の劇では、この夫婦から「休息としての眠り」が抜け落ちていく。第3幕、王位に就いたあとの彼は、妻にこう漏らす。

Better be with the dead, / Whom we, to gain our peace, have sent to peace, / Than on the torture of the mind to lie / In restless ecstasy. Duncan is in his grave; / After life's fitful fever he sleeps well.

安らぎを得るために自分たちがあの世へ送った、その死者と一緒にいるほうがまだましだ。心という拷問台の上に、休みのない錯乱のまま横たわっているよりは。ダンカンは墓の中にいる。人生という熱に浮かされた発作を終えて、よく眠っている。(拙訳)

『マクベス』第3幕第2場

「心という拷問台の上に横たわる」。眠れないまま布団の中にいる状態を、これ以上正確に言った表現を僕は知らない。拷問台(多くの注釈がここに読み取る rack のことだ)は体を引き伸ばす当時の拷問具で、つまり彼は、動けないまま、じわじわ引き伸ばされている。しかも皮肉なことに、彼が殺した相手のほうは「よく眠っている」。眠りの質という一点だけで比べると、殺された側が勝っている。

ヘンリー四世——自分と船乗りの少年を比べる夜

作品メモ 『ヘンリー四世・第二部』——従兄のリチャード二世から王位を奪って即位したヘンリー四世は、絶えず起こる反乱と、酒場に入り浸る跡継ぎのハル王子に悩まされている。第3幕第1場、深夜、王はガウン姿でひとり起きている。

この場面の入り方が、ちょっとすごい。深夜、寝間着姿の王が出てくる。小姓に手紙を持たせて送り出し、ひとりになると、まず「今この時刻、私のいちばん貧しい臣民が何千人も眠っている」と数えはじめる。そのあと彼は、来てくれない眠りそのものに向かって話しかける。相手は人ではない。

O sleep, O gentle sleep, / Nature's soft nurse, how have I frighted thee, / That thou no more wilt weigh my eyelids down / And steep my senses in forgetfulness? ... Wilt thou upon the high and giddy mast / Seal up the ship-boy's eyes, and rock his brains / In cradle of the rude imperious surge...?

ああ眠りよ、優しい眠りよ。自然が遣わした柔らかな乳母よ。私はいったい何をして、お前をそんなに怖がらせてしまったのか。もう二度と、私のまぶたを重くして、感覚を忘却の中に浸してはくれないのか。(中略)お前は、高くて目もくらむ帆柱の上で、船乗りの少年の目を閉じさせ、荒々しく傲慢な大波のゆりかごの中で、その頭を揺すって寝かしつけるというのに——。(拙訳)

『ヘンリー四世・第二部』第3幕第1場

この王がやっているのは、要するに比較だ。嵐の中の帆柱にしがみついている少年水夫は眠れるのに、香を焚いた寝室と豪奢な天蓋、子守唄がわりの音楽まで揃えている自分は眠れない。おかしいじゃないか、と。この独白の締めくくりが、英語圏で今も引用される「王冠をいただく頭に、安らかな眠りは訪れない」という一行なのだが、そこの読み解きはTHEME 08に譲る。

ここで拾いたいのは、その手前の比較のほうだ。眠れない夜に、自分より条件の悪い誰かがすやすや寝ている図を思い浮かべて、余計に眠れなくなる。あれである。しかも彼が持ち出す相手が「嵐の中の少年」という極端な例なのが真に迫っている。眠れない人の頭が探しにいくのは、たいてい適切な比較対象ではない。

マクベス夫人——起きているあいだは崩れない人

三人目は、逆のケースだ。マクベス夫人は眠っている。ただし、歩いている。

第5幕第1場、侍女と医者が夜通し見張るなか、彼女は眠ったまま部屋を出てきて、蝋燭を置き、手を洗う仕草を延々と続ける。落ちない染みを落とそうとしている。この人物の変化そのものはCHARACTER 02で追ったので、ここでは眠りの部分だけを見たい。その場面で、医者が漏らす一行が的確だ。

A great perturbation in nature, to receive at once the benefit of sleep, and do the effects of watching!

これは自然の大変な乱れだ。眠りの恩恵を受けながら、同時に、起きているときの働きをしているとは。(拙訳)

『マクベス』第5幕第1場

眠りの恩恵を受けながら、起きている者の仕事をしている。彼女は休んでいない。眠りという時間帯に入っただけで、その中でも同じ作業を続けている。起きているあいだ一度も崩れなかった人が、眠りの中でだけ崩れる——第2幕第2場では、返り血を前にして「少しの水で洗い流せる」と言い切った人だ。それが第5幕では同じ手を洗い続けて、この手はもう綺麗にならない、と言う。「済んだことは元に戻せない」という寝言もこの場面のものだ。

三人を並べると、共通しているのは眠りが意志の届かない時間だという点だと思う。起きているあいだ、人は自分の注意をかなり操作できる。考えないようにする、忙しくする、別の話題にする。マクベス夫人はそれが飛び抜けて上手い人だった。ところが眠りに入ると、その操作卓から手が離れる。昼のあいだ押さえつけていたものが、押さえつけた分だけそこで動き出す。

この読み方でいくと、シェイクスピアの不眠は、罰でも呪いでもないことになる。先送りの請求書なのだと思う。昼のうちに決着をつけなかったものが、夜、まとめて明細になって出てくる。金額が大きく見えるのは、利息がついたからではなく、見ないようにしていた期間の分だけまとめて表示されているからだ。

ついでに言えば、シェイクスピアはこれを「悪事を働いた人だけの症状」としては書いていない。『ジュリアス・シーザー』のブルータスも、暗殺を実行する前の夜に眠れなくなっている。彼が眠れないのは、まだ何もしていないからだ。やってしまったことと、やるかどうか決めていないこと——夜に膨らむのは、その両方らしい。

医者にできることと、できないこと

マクベス夫人を観察した医者は、最後に匙を投げる。私の手には負えない、と言ったうえで、こう続ける。

Foul whisperings are abroad. Unnatural deeds / Do breed unnatural troubles: infected minds / To their deaf pillows will discharge their secrets. / More needs she the divine than the physician.

よからぬ噂が飛び交っている。自然に背いた行いは、自然に背いた乱れを生む。病んだ心は、耳を持たない枕に向かって、自分の秘密を吐き出してしまうのだ。この方に要るのは、医者よりも、神に仕える者のほうだ。(拙訳)

『マクベス』第5幕第1場

「耳を持たない枕に向かって秘密を吐き出す」というのが、また容赦のない表現だ。枕は聞いてくれない。それでも心は喋る。誰にも届かないとわかっている場所に、いちばん言いたくないことを毎晩置いてくる。夜中に頭の中で同じ台詞を繰り返している状態を、これ以上うまく言うのは難しい気がする。

ここで一言だけ補足しておきたい。これは四百年前の劇の話であって、現代の不眠についての意見ではない。眠れない状態が続くのは医学の領域の話で、実際に困っているなら医者にかかるのがいちばん確実だと思う。医者の出番はない、と言っているのはあくまで劇中のこの医者であって、しかも彼が診ているのは、劇の設計上そもそも薬で解決しないように作られた患者だ。

むしろこの台詞から拾えるのは、シェイクスピアが眠りを体の問題としてだけでは書かなかったということのほうだと思う。彼の劇で眠れなくなるのは、決まって、片づけていない何かを抱えた人だ。THEME 01で見たとおり、彼は「心の状態を目に見える形にする」ことに異常に長けた作家だが、眠りはその中でもいちばん静かな計器なのだと思う。

夜に大きく見えるものは、たぶん、見ないようにしていた分だけ膨らんでいる

三人を並べ直してみる。マクベスは、殺した瞬間に自分で「眠りを殺した」と申告した。ヘンリー四世は、寝室の豪華さと眠りの深さが反比例することを、少年水夫と比べながら確認していた。マクベス夫人は、起きているあいだ完璧に平気なふりをして、眠りの中でだけその代金を払った。

共通しているのは、夜に出てきたものが、どれも昼のあいだ処理されなかったものだという点だ。そう考えると、眠れない夜に些細なことが巨大に見えるのも、少し説明がつく気がする。あれは、夜になると物事が大きくなるのではなく、昼のあいだ見ないようにしていたぶんだけ、まとめて表示されているのではないか。膨らんでいるのはサイズではなく、放置していた時間のほうなのだと思う。

もっとも、劇のほうはここから何の解決も出さない。マクベスはまともな眠りを取り戻さないまま最後まで走り、夫人は終盤に舞台の外で死ぬ。ヘンリー四世は、眠れないと嘆いたその同じ場面で、呼び出した重臣たちと反乱の相談を始めてしまう。眠りの話はそこで打ち切られ、原因のほうには手がつかない。彼らは翌朝また、見ないようにするほうを選ぶ。そしてまた眠れなくなる。誰も途中で「これは片づけたほうがいいな」と思いつかないのが、読んでいてなかなかつらい。

というわけで、今夜どうしても寝つけない人へ。頭の中で膨らんでいるそれは、たぶん明日の朝には元のサイズに戻る。ただ、戻ったときにまた蓋をすると、次の夜また出てくる——くらいのことは、シェイクスピアが四百年前に書いてくれている。書いた本人が実践できていたかどうかは、記録がないのでわからない。

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