COLUMN 03

あなたも今日、シェイクスピアを喋っている
——日常英語に残る400年前の台詞

break the ice から、ノックノックジョークの原型まで

「シェイクスピアなんて読んだことがない」という英語話者でも、実は毎日シェイクスピアを喋っている——とよく言われる。日常会話にあふれる決まり文句の多くが、彼の台本に初出の記録を持つからだ。

今回は、そんな「日常英語に埋まったシェイクスピア」を発掘してみたい。英語学習のネタとしても使える回だ。ただし最初にひとつ正直な注意書きを。「初出の記録がシェイクスピア」というのは、「シェイクスピアが発明した」とイコールではない。当時すでに巷で使われていた言い回しを、彼が初めて(あるいは現存する文献の中で最初に)書き留めただけのケースも混ざっているはずだ。なにしろ400年前の話し言葉は録音が残っていない。その前提で、それでも「最初に紙に定着させた男」の影響力を楽しんでほしい。

恋愛の定番フレーズは、だいたい彼が書いている

love is blind——恋は盲目

日本語にも完全に定着したこのフレーズ。現存する記録で有名なのは『ヴェニスの商人』だ。THEME 03に登場したポーシャの隣で、シャイロックの娘ジェシカが、男装(この劇も異性装だらけだ)して駆け落ちする自分に照れながら言う。

But love is blind and lovers cannot see / The pretty follies that themselves commit.

でも恋は盲目で、恋する者には見えないのです。自分のやっている可愛い愚行の数々が。(拙訳)

『ヴェニスの商人』第2幕第6場

正確には「恋は盲目」だけでなく、「恋する本人には自分の愚かさが見えない」という自己ツッコミつき。元の文脈のほうが、切れ味が一枚上だ。

break the ice——場の氷を割る

初対面の緊張をほぐす、おなじみの「アイスブレイク」。記録上の早い用例は、THEME 02で見た『じゃじゃ馬ならし』にある。誰も近寄れないじゃじゃ馬カタリーナを、まず誰かが口説いて「氷を割れ」ば、妹に求婚できる——という文脈で使われる。船を通すために氷を砕く、という当時の航海のイメージが下敷きだ。研修やワークショップで気軽に使われているあの言葉は、もともと最恐の相手に最初に突っ込む役目のことだった。

wild-goose chase——当てのない追いかけっこ

「見込みのない捜し物・無駄骨」を意味するこの表現、記録上の初出は『ロミオとジュリエット』。COLUMN 01で見た5日間の物語の中で、ロミオと友人マーキューシオが冗談の応酬をする場面に出てくる。当時の「ワイルドグースチェイス」は、先頭の馬をあとの馬が雁の編隊のように追いかける乗馬競技のことで、「口喧嘩でおまえの機知にはついていけない」という文脈だった。意味が「野生の雁を追いかける=捕まるわけがない」に横滑りして、今の用法になったと考えられている。

感情の言い回しも、舞台から来た

the green-eyed monster——緑の目の怪物(嫉妬)

英語で嫉妬は「緑の目の怪物」。出どころは『オセロー』で、しかも言うのは、よりにもよってTHEME 04の主役級悪役イアーゴーだ。

O, beware, my lord, of jealousy; / It is the green-eyed monster which doth mock / The meat it feeds on.

ご注意ください、将軍、嫉妬というものに。あれは緑の目をした怪物で、餌食をもてあそびながら食うのです。(拙訳)

『オセロー』第3幕第3場

これから嫉妬を植えつけようとしている張本人が、「嫉妬にはお気をつけて」と忠告する。放火魔が火の用心を説くようなもので、英語圏で最も有名な「嫉妬」の定義が、実は毒殺級の悪意の一部だったと知ると、この慣用句の見え方が変わってくる。

the world is your oyster——世界はあなたの牡蠣

「世界はあなたの思いのまま、可能性は無限だ」という励ましの定番。記録上の出どころは喜劇『ウィンザーの陽気な女房たち』で、元の文脈はだいぶ物騒だ。金を貸さないと言われたごろつきのピストルが、こう啖呵を切る。

Why, then the world's mine oyster, / Which I with sword will open.

なら、この世界は俺様の牡蠣だ。剣でこじ開けてやるまでよ。(拙訳)

『ウィンザーの陽気な女房たち』第2幕第2場

くれないなら、剣で開けて(=力ずくで奪って)中の真珠をいただく——つまり元は前向きな人生訓ではなく、開き直りの脅し文句だ。卒業式のスピーチで使われるたび、ピストルは草葉の陰で笑っていると思う。

そして、ノックノックジョークの原型まで

極めつけはこれだ。英語圏の子どもが必ず通る言葉遊び「Knock, knock!」「Who's there?」——あの定型のルーツとしてよく引き合いに出されるのが、『マクベス』の一場面である。

王の暗殺直後、城の門番が二日酔いでよろよろと門へ向かう場面。門を叩く音に向かって、門番はひとり芝居を始める。「トントン! 誰だ、そこにいるのは? さては豊作を見込んで首を吊った農夫だな」「トントン! 誰だ? さては嘘の天秤を操った詐欺師か」——地獄の門番のつもりで、罪人たちを次々と入場させる一人コントだ。緊迫の暗殺場面の直後に、突然差し込まれる笑い。観客の張り詰めた神経を一度ゆるめてから、死体発見の絶叫でさらに突き落とす。シェイクスピアの緩急の設計術としても名高い場面だ。

THEME 06で見たとおり『マクベス』は罪と地獄の劇だから、この門番の「地獄ごっこ」は、ただのコメディリリーフではなく、この城が本当に地獄になったことの答え合わせでもある。それが数百年かけて、子どもの言葉遊びの定型になった(少なくとも、そのルーツとして語られ続けている)。台詞の生命力とは、こういうものだと思う。

言葉は、劇場から日常へ流れ込んだ

ほかにも、心優しい人を指す heart of gold(『ヘンリー五世』)、正々堂々を意味する fair play(『テンペスト』ほか)、窮地を意味する in a pickle(同じく『テンペスト』)など、リストはいくらでも続く。英語に定着した表現・引用の供給源として、シェイクスピアと肩を並べるのは欽定訳聖書くらい、というのが定番の言われ方だ。

なぜ一人の劇作家の言葉が、これほど日常に染み込んだのか。理由のひとつは、当時の劇場が「全階級が同じ言葉を浴びる場所」だったことだと思う。グローブ座には、1ペニーで立ち見する庶民から貴族までが同時に詰めかけた。気の利いた台詞は、その日のうちに何千人の耳に入り、酒場で真似され、街に流れ出す。現代で言えば、流行語を生む場所としてのテレビやSNSに近い。シェイクスピアは偉大な文学者である前に、当代最強の流行語メーカーだったのだ。

だから、英語学習中の人には、この話は朗報だと思う。break the ice も love is blind も知っているなら、あなたはもうシェイクスピアの読者名簿に載っている。あとは出典の劇を一本観てみるだけで、名簿の上のほうに移動できる。入口としておすすめなのは、もちろんこのサイトの記事たちだ——と、最後だけ宣伝で締めさせてもらう。

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